サウンド茶会記


『いごこちの良い空間づくり

商空間への提案「音・あかり・映像」

「流行る」 「売れる」 商空間の要素とは?』


2008年10月





・いごこちの良い空間づくりとは

 いごこちの良い空間づくりの目標は、店舗オーナーにとって来店者に「やすらぎを覚えさせ」、「日常とは異なる世界に入り込ませる」ことにより、テーマパークのように人々に夢を抱かせて財布のひもをゆるませることにある。韓国のロッテワールドや米国のアメリカンモールでは、商空間の中にテーマパークを造ってしまっている。
空間におけるいごこちの良さというのは、人間の体全体で感じる五感すべてに対する刺激であり、そのどれかに一つに対してでも不快さを感じたら来店者は早々にその空間から出て行ってしまうことになり、テナント経営者は商機を失ってしまう。
要は、来店者の滞在時間を延ばすための方策をどのように立てればよいのかということになる。意匠の豪華さや見栄えを誇ったとしても疲労感に打ち勝つことはできない。床に毛足の長いカーペットを張って足の疲労を軽減し、無料のベンチをいたるところに置いている。寒過ぎず暑過ぎない空調制御、無臭に近い空間の香り、商品イメージに合った照明設計、外部騒音や他の店舗の音の混じらない環境づくり、ディスプレイによる適切な商品説明と来店者の誘導といったように、来店者に対して無用なストレスを与えない空間づくりが図られている。
最近「御殿場アウトレット」のような巨大な商空間が登場しているが、いごこちが良いと一日中滞在していらないものまで買ってしまうことになる。
森本浪花音響計画(有)では、「流行る」、「売れる」いごこちの良い空間づくりを具現化するため、「全体設備としての設計」、「意匠に溶け込みながら有効に性能を発揮できる施工」、「施主の意を汲みながら機器の性能を最大限に発揮させる調整(チューニング)」、「何か起こった場合のアフターサービス」の組織構築を目指して今回の商空間設備展示相談会を企画した。
余談ではあるが、使用する機器、機器を選択して組み合わせる設備、そしてその設備の運用と保守管理を合わせてシステムとなる。

1.音
 
BGMの歴史は、エレベータを待っている人々を退屈させないために音楽を流したことから始まっている。そして仕事をする場においてそこで働く人々のストレスを緩和して仕事の効率を上げるために導入されるようになった。決して周囲の騒音を隠すためのカクテルパーティ効果のためにBGMが使われたわけではない。BGMそのものが会話を阻害することもあり、雰囲気をぶち壊しにすることは多く目にしていると思う。したがって周囲の騒音はBGMではない別の手法で消す必要があり、騒音除去の目標値(NC値)の設定が求められる。
レストランでは食欲を増すような、店舗では商品イメージを向上するような意図的な音づくりが必要である。より積極的な音作りを目指してFGMという用語が用いられるようになった。
音響設備を効果的に使用して来店者を店内に長時間いごこち良く滞在させ、少しでも長く商品の前に立ち止まってくれるような商品イメージを高めてくれる積極的な運用に変わっている。出来れば1曲分商品の前にいて欲しいというのが店舗オーナーの希望ではなかろうか。そしてその間に商品について出来る限り長く説明をしたいという意図から従来の商品タッグではなく、ディスプレイが併用されるようになってきた。商品一つずつに個別のディスプレイと音響設備が必要となってきた。
それに伴い音響設備のあり方が大きく変わりつつある。音声の伝達範囲を限定する超指向性スピーカー、スピーカーが見えない振動スピーカー、いごこちの良い音響設備を積極的に取り入れ、それを運営手法とあわせたシステムとして考えていかないと施設の運用が成り立たない時代になったと言える。
また音響設備が壊れたら商売が成り立たないとまで言われるようになった。故障した場合でも何が何でも音を出し続ける冗長性も取り入れていく必要が出てきた。これは音響設備だけでなくすべての設備にも言えることであろう。たとえサービス体制が整っていたとしても瞬時に対応できるわけではなく、施設機能維持のためにはサービスマンの到着を待っていることはできない。
また機器の見た目の良さに加えて「かわいらしさ」も求められるようになった。機器の在り方も多様化してきている。

■ 環境整備

音づくりをする前に、音を出す環境を整えなくてはいけない。

・外から聞こえてくる音(騒音、機械振動音)、空間の中で発生する音(什器等)、空調音吹き出し音、他の店舗から伝わってくる音(ショッピングモールのような場所で若者向けの商品を売るため内部をディスコのようにしている場合があるが、その音は他の店舗やモールの通路に漏れない対策をする必要がある)、他の来店者が発する音、音響設備で音が発生することにより生ずる振動音の除去。
(レストランやショッピングモールのテナントではNC値が35-40、ショッピングモールの公共空間ではNC値が40-45となるのが好ましい。)
・反射音やエコーそして振動の除去。
・予期しない場所から聞こえてくる音(回廊現象ほか)の除去。
■音づくりの目標

・意匠設計者との密接な打ち合わせ:テーマパークでの音づくりを見ればわかるように、これだけの素材が発達した現在どのような形でも音を出すことができる。意匠設計者とともに脳に汗をかく努力が必要である。
・音量:再生音量をどの程度にするのかを決める必要がある。会話を阻害しない、わかるかどうかに抑えた音量は65 dB SPL程度が好ましい。かなり低い音量であるがヒップホップイメージの再生は可能である。意図的に大きな音量を出さなくてはいけない場合もある。音響設備の設計に当たり音量の決定は最優先の課題である。
・再生周波数特性:再生する音源によって求められる周波数特性が異なる。商品説明に音楽だけでなくスピーチの再生も求められてきたため、明瞭性の確保も大事な課題となってきた。
・明瞭性の確保:意図したイメージを伝えることができない音響設備は来場者のストレスを増すことになる。
・再生範囲:音楽とスピーチをどの範囲に伝えるかということも決めておかなくてはいけない。商品直前にスポット的に再生をするのか、婦人服売り場とかパーティールームといった特定範囲に再生をするのか(ゾーニング)、店舗全体に再生するのかということも決めておかなくてはいけない。あるときは部屋を区切って使うが連結して使うかといった運用方法も検討事項に含めておく必要がある。
・時間軸での運用:時間によって再生音を変えたいという要望がある。けだるい朝は覚醒するイメージで、心弾む昼間は華やかなイメージで、疲れが出た夕刻は安らぐイメージで。音源を時間に合わさせて設定する機能を持たせる必要もある。
■音響設備の構成



1.音源

・不特定多数の人間を対象とする場合には著作権のクリアができた音源を使う必要がある(著作権法)。
・どのような音源を使うのかという決定は、音響機器設計時に必要となる(使用機器が異なる)。
・予め録音されたアナウンス等を使うかどうかの検討。
・火災警報、地震警報等の放送対策。

2.マトリックスプロセッサ

・対象エリアの客層によって時間や曜日によって流す音源を変える必要があり、綿密な検討をおこなって売り上げを増やしている商業施設が増えてきた。そのためマクロによってパターン制御、レベル制御、プログラム制御ができることがマトリックスプロセッサに求められている。

3.ページングシステム:単純に意訳すると呼び出し設備であるが優れた機能を持った製品が現れてきている。

・必要なエリアだけに適切な情報を流せる機能、言い換えれば不必要なエリアに情報を垂れ流さない機能が求められている。ページングシステムにゾーン制御、グループ制御、プログラム制御ができる多機能性が求められている。

4.パワーアンプ

・スピーカーを破壊することになるクリッピング入力を防ぐため、ゆとりを持ったパワーアンプ。(ゆとりのないパワーがスピーカーを壊すことになる。)
・ハイインピーダンスの設備は音が悪いというのは思い込みに過ぎない。ローインピーダンスまたはハイインピーダンスのどちらを使うかの検討。
・非常に大きな音量を必要とする以外低出力のパワーを持った製品でかまわない。
・機器設置スペースを小さくする必要があり、1台の筐体に複数のパワーアンプが入り、かつラックスペースをとらないマルチチャンネルパワーアンプが必要。
・機器の音量調整を離れた場所でおこなうことができるリモート制御や離れた場所で機器の動作状態を把握できる監視機能が必要。

注意:エレクトロニクスの設置環境

・エレクトロニクスに対する換気が必要。高熱環境では機器の誤動作ならびに故障を誘発することになる。
・電源容量の確保。十分な食事を与えないとエレクトロニクスは動かない。
・アースの確保。感電事故防止、雑音の除去を図るため、アースを必ず確保しなくてはいけない。
・故障を未然に防止するため、点検がしやすい環境の確保。

5.マッチングトランス

・音質の良いマッチングトランスが求められる。マッチングトランスの挿入損失が少ない製品が必要。大きなパワーアンプを使ってもマッチングトランスが電力を消化する。(スピーカ・マッチングトランスの諸特性と実仕様における音質の考察:AES)

6.ラウドスピーカー

・ラウドスピーカーを露出するのか見えないようにするのかの検討。特注対応の必要があるかどうかの検討。ラウドスピーカーを隠す必要があるのであれば、設置空間の図面検討が必要になり、音響デザイナー、建築設計者との連携が必要となる。ラウドスピーカーを露出する場合には意匠に合わせた形状が必要であるかどうかの検討をおこなう。いずれにしても意匠設計者との密接な打ち合わせが必要。
・その他仕様の検討:特殊仕様(屋外、耐環境)が必要であるかどうか。ローインピーダンスまたはハイインピーダンスのどちらを使うか。低域の補強が必要かどうか(音量にかかわらず検討の必要がある)。
・スピーカーを取り付けた周囲に吸音材の貼り付けをおこなう。大きな音量を出す場合には防振対策をおこなう必要がある。

7.音響設備全体

・単独機器が故障しても施設運営に支障をきたさない冗長性。
・音響設備だけではなく電源電圧の変動、接地対策も検討項目に含める。
・保守性(ユニットを交換しやすくする)。
・モデュールタイプの機器を使用してサスティナブル性(ユニット変更の融通性)図る必要があるかの検討。

8.音響調整(測定)

・個別機器と設備全体の性能を最大限に発揮する調整(アサイン、コンフィギュレーション、チューニング)。
・来店者にとって居心地良いサウンド環境づくり。(車のチューニングと同様に日常の運営が円滑に進むチューニングという考え方の導入。音を出すことは誰でもできる。)
・小さな音量と大きな音量では心地良い再生周波数特性が異なる。(Equal loudness contoursを参照)

9.維持管理(保守と改修計画)

・音響設備が壊れた場合のバックアップ:冗長性の構築。 ・音響設備の性能維持(店舗ステータスの維持)。
・音響設備の劣化調査(店舗ステータスを維持するための改修日程検討)。
・音響設備の改修計画(日々進歩する機器をどの段階で導入するかの検討)。



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商空間デザインと音響機器
(名脇役としてのプロダクトデザイン)
-意匠デザイナーから見た音響設備-

民生用オーディオ装置のプロダクトデザインには、「個性や存在感」が非常に重要なファクターとして求められる。特に、ハイエンドと呼ばれるオーディオには、オーナーがそのプロダクトを眺め、触り、所有する喜びを得ることが至上課題であるといえるだろう。むしろ音質よりも重要なのかもしれない。しかし、業務用機器の場合全く事情が違う。つまり音をどのように伝えるかが至上課題となる。そのような環境で(屋内、屋外、水中)、どのようなシチュエーションで(ライブハウス、物販店、飲食店)、どのように(大音量、小音量、緊急放送)音を出すか。そこには、プロダクトデザインの「個性」というものは必ずしも必要とされていない。しかし、そこにこそ今後のプロダクトデザインの本質的な課題があるのではないだろうか。
デザイナーや建築家の立場で「空間」を考える場合、音響機器に限らず設備機器の存在感というのはなるべく消したいものである。機能的に必要なものであっても、表現したい空間に異質な要素が加わることで、空間が台無しになることがよくあるからである。そこで、デザイナーはその異質な要素となるものを視覚的に隠す(視覚の操作や、造作で覆うもの)という手段によく出る。結果、本来必要とされている機能が発揮できず、クレームにつながるという場面を筆者はしばしば見てきた。これは一概にデザイナーだけの責任とは言えないのではないだろうか。つまり、それぞれの立場に於いてプライオリティが異なることに本質的な原因があることに気付かなくてはならないと思う。クライアントはコストであり、メーカーは生産コスト、施工工事業者は取り付けやすさ、管理者はメンテナス性、そしてデザイナーは空間の完成度であろう。この異なる立場に対しどれだけプロダクトが対応できるかに本質的な課題があると言える。では、具体的にどのように共通目標とするかを設定してみた。


■プロダクトをいかに空間と同化させることができるか
 
デザインの最重要ファクターとして「取り合い」という言葉がある。つまり、異種素材が接しあう場所の関係性(ディティール)である。例えば内装材の素材が変わる場所でどのように各々を見切るかでデザイナーの手腕が問われる。目地なのか、同面なのか、どちらかを勝たせて被せるのか・・・・。この操作で空間の質が決まってくると言っても過言ではないだろう。これと同じように音響機器(スピーカー)と内装材が取り合う場所でもディティールが発生する。実はここに空間と同化させるポイントが隠されている。この捜査は状況により様々な対応が考えられるが、理想的には埋め込むことが出来、内装材と出来る限り同面で収まり、内装材と同じ色(特注塗装対応)である事。これができれば限りなく存在感は消え、空間と同化することが可能である。或いは発想を変え、ダウンライトの形状を模し、ダウンライトのシークエンスの中に紛れ込ます事が出来れば前記のような操作も不要になる。照明メーカーと共同開発するのも一つの手であろう。

■汎用性
 
いくら空間と同化させることが出来たとしても、コストがかかってしまっては本来の目的を達成できない。そこに汎用性が求められる。また、施工しやすさ、工事工程にも目を向けなくてはならない。内装に使用される素材は様々だが、一番使用されているのはプラスターボード(石膏ボード)である。規格厚さは数種類あるが、よく使用される厚さは、12.5mmと9.5mmである。何かを埋め込む際、一番施工しやすい材料でもある。そこに焦点を絞ってプロダクトの開発をするのが良いであろう。

設備設計のシェアは現在、機能やローコストだけで獲得できない状況にある。多少コスト高でもデザインがデザイナーの意図にマッチする機器の指定をする機会が増えることで、急成長しているメーカーがあることを認識していただきたい。

インテリアデザイナー
一級建築士 吉岡剛秀 記
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音響設備とその運用
-音響システム-

■どのように良い音響機器を使っても取り付け方法と使い方を間違っては宝の持ち腐れとなる

 世の中には数千万円もするスピーカーもあり、数百万円もするパワーアンプもあるが、使い方を間違えればその性能を完璧に発揮することもできず宝の持ち腐れに終わってしまう。
 同様に商空間にスピーカーを取り付けてもその最大限の性能を発揮するためには、かなりの気配りをする必要がある。
 スピーカーを購入したのだがいい音が出ないのでパワーアンプとかを買い換えたほうが良いだろうかという相談がたびたび寄せられるが、「機器を買い換える前にスピーカーの後ろに座布団を入れて見なさい。」と答えるようにしている。
 スピーカーは前方だけに音が出ているわけではなく、全方向に音が出ているために壁や床に跳ね返った音を聞いてしまうため音が濁って聞こえるのである。 スピーカーの周りの環境づくりにも気を配る必要があるのだ。取り付け金具から音が伝わって壁や天井を震わせて音を濁らせていることも良くある。
 それよりもスピーカーが音を聞かせたい人に向いているかが問題である。壁の方を向いていて反射した音だけが聞こえているということも良く見かける。スピーカーを向ける方向を調整するだけで見違えるほど聞きやすい音になる。

■サブウーハーの効用

 サブウーハーなんてライブハウスと映画館で使うものと考えたら大間違いで、60 dBの音量で使っても迫力のある音を出すことができる。
 小型のスピーカーでは低域周波数の再生が難しく、ダイナミックな音を再生しようとすると音量を大きくしなくてはならず、スピーカーを壊す原因ともなりかねない。小型スピーカーにサブウーハーを併用すると、迫力が増すだけでなく小型スピーカーから出る音量を小さくできるため、耳につかない音量でヒップポップのような音源を再生できるようになる。最近は天井用のサブウーハー、壁面用のサブウーハーも出てきており、サブウーハーの効用が認知されている証拠であると思われる。

■スピーカーの形

 スピーカーの形が四角である必要は何もない。球形であっても円筒形であっても鮫の形をしていても音は出てくる。間接照明のように反射させた音も表現力を持たせることができる。商空間というのは日常から脱却するという意味でテーマパークと同じであると考えている。非日常の中でショッピングを楽しみ、食事を堪能する空間ではないのか。空間に溶け込んだ、またはわざと強調させた設備が存在しているのである。
 
■雑感

世界各国で多くの商空間が出現している。Retail Shop Facility(小売店設備)というカテゴリーも生まれている。見てすぐ印象から消える意匠性よりも、良い設備を持った空間に多くの人が再訪して物を購入していくという実績、すなわち居心地の良さが施設の評価基準となることを今一度考える必要があるのではないだろうか。
スピーカーを取り付ける場所がないから、しかなく性能が悪い天井スピーカーを取り付けるという考え方であったと思われるが、高い天井用、低い天井用とバリエーションを持った製品が数多く出てきた。ただしこれらの製品の性能を最大限に発揮させるためには、取り付ける環境と設備全体を考える必要がある。
新たな傾向として壁面取り付け用スピーカーとサブウーハーが次々と発表されている。

森本浪花音響計画有限会社
森本雅記 記